略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
主人公が勤めるカフェも住むアパートもかわいいし(引っ越してきたばかりなのにあそこまでインテリアが整っているのかとツッコミたくはなるが)、音楽もたっぷりで、目と耳に楽しい。だが、最初は衝突していたのに次第に惹かれ合うようになるとか、その後誤解が起きて拗れるとか、話は完全にお決まりパターン。ラストも予想通り。主演のアイタナは歌手で、これが映画デビュー作。当然のことながら、得意の歌声を披露する場はしっかり用意されている。最近Netflixが量産しているロマコメにはごくたまに光るものもあるが、これはその他大勢のひとつ。ただし猫がかわいかったので(それもよくある手ながら)星ひとつおまけ。
家の中に焦点を当てる今作には、バズ・ラーマンの「エルヴィス」に出てこなかったことがたっぷり。エルヴィスの決して褒められない行動も出てくるので、娘リサ・マリーはこの企画に大反対したそうだが、原作はプリシラが書いた回顧録なのだ。若い女性がアイデンティティを見つけていくというテーマが得意なソフィア・コッポラは、この話を語るのに最適な監督。服や髪型まで言われる通りだったプリシラが、彼が好まないとわかっている服を着るようになったり、ついに言いたいことを吐き出す瞬間があったりなど、心の変化がしっかり描かれる。14歳から20代後半までを演じたケイリー・スピーニー、その手助けをした衣装、ヘアメイクにも拍手。
金と権力を持つお友達に未成年の女性たちを斡旋した罪で逮捕され、獄中で自殺(ということになっている)したジェフリー・エプスタインについて知識と関心があった人はもちろん、なかった人にもおすすめ。実際のインタビューをほぼ再現する最後の数十分は、とりわけ目が離せない。あんなボロボロのインタビューをしながら、「うまくいった」と感じたアンドリュー王子は、なんと情けなく、ズレているのかと苦笑してしまう。相手が国の要人であっても、被害者女性のために、正義のために、鋭い質問をして真実を暴こうとするプロデューサーとインタビュアーの姿に、ジャーナリズム、メディアはこうあるべきなのだとあらためて感じる。
信じられない本当の話。近年時々言われる「有害な男らしさ」に警鐘を鳴らす話でもある。映画には出てこないが、実はもうひとり弟がいたというのだから驚き。悲劇が次々に起き、心が沈んでいくが、最後にはそれらのことを乗り越えた主人公の強さに感動し、不思議に希望が湧く。肉体改造と特訓でレスラーになりきった主要キャストには大拍手。ザック・エフロンが試合をするシーンも、ノーカットで撮影したとのこと。感情的な演技の面においても、エフロンのキャリアで最高と言っていい。タイプはまるで違うが、ダーキンの「不都合な理想の夫婦」も夫の野望のために家族が転げ落ちていく話で、今作となんとなくつながるものがある。
セリーヌ・ソン監督自身の体験にもとづく究極にパーソナルな物語。だが、奇妙なことに、誰もが共感できるのだ。筆者の場合は、生まれ育った国と今生きる国、どちらも自分のアイデンティティで、どちらかが欠ければ自分ではないのだというところが、とりわけぐっときた。好き同士なのに人生のタイミングが合わなくて結ばれなかったという体験をした人も、きっと自分に重ねて泣けるはず。ソン監督が最初から決めていたというエンディングも、リアリティがあり、感動させる。この映画が世界でスマッシュヒットし、オスカーに候補入りするほど評価されたという事実にも、どこにいても人は似たような経験をするのだなと、ちょっとほんわか。