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<作品批評>『グランド・ブダペスト・ホテル』

第87回アカデミー賞

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アンダーソン監督作の成熟を認めた映画芸術科学アカデミーだけど……

ホテルからしてシンメトリー!-『グランド・ブダペスト・ホテル』
ホテルからしてシンメトリー!-『グランド・ブダペスト・ホテル』 - 写真:Everett Collection/アフロ

 『アンソニーのハッピー・モーテル』で惚れてしまったウエス・アンダーソン監督は、アートハウス作品を作り続ける監督のなかでも非常に作家性が強いことでも知られている。(文・山縣みどり)

 昨年、イギリス在住の映像作家がネット配信したモンタージュ映像でシンメトリー(左右対称)映像好きが明らかになったが、ほかにも俯瞰ショットや横移動のムービーング・ショット、パステルカラーをはじめとする独特の色調、特定の書体、凝った舞台美術、ノスタルジックな小道具やファッション、60年代音楽への偏愛は一目瞭然だ。フィルムを1コマ切り取っただけでもアンダーソン監督の作品とわかるだろう。また作家性を感じさせるのは、映像だけではない。彼が創り出す物語はコミカルでありながら、哀切を感じさせ、なおかつ心の機微に触れまくる。子どもが次々とおもちゃを手に取り、それから発想する空想の世界に浸っているようなオリジナリティを感じさせる世界観は映画芸術の枠を超えているといってもいい。

『グランド・ブダペスト・ホテル』
『グランド・ブダペスト・ホテル』の個性的な出演陣-写真:写真:Photofest/アフロ

 そんなアンダーソン風味がぎっしり詰まったのが、ゴールデングローブ賞<コメディー/ミュージカル部門>作品賞を受賞したばかりの『グランド・ブダペスト・ホテル』だ。ひとりの少女が本を抱えて登場する意味深な冒頭から「これから何が始まるの?」という期待をあおり、トム・ウィルキンソン演じる小説家が小説のアイデアを得た若かりし日を回想。そこで出会った謎のホテル・オーナーがまたまた青年時代に働いたグランド・ブダペスト・ホテルの栄枯盛衰を語るという凝った入れ子形式プレリュードで始まるのは、30年代のヨーロッパ某国にある名門ホテルのコンシェルジュ、グスタヴと彼が庇護下に置くベルボーイ、ゼロのノンストップな冒険だ。

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 王侯貴族がバカンスを過ごす老舗ホテルで「お客様は神様です!」とばかりに顧客をハッピーにすることに熱意を燃やすグスタヴは一見カリスマ・コンシェルジュ。彼の仕事ぶりには少々疑問符がつかないでもないが、ノブレス・オブリージュや人間性を信じる善意の人なのは間違いない。ところが顧客のマダムDがグスタヴに名画を遺したことから事態は紛糾。しかも第二次大戦の足音も聞こえ始めていた……。遺産目当てのバカ息子にそのサディスティックな右腕、ゼロと恋に落ちるベーカリーのパティシエ、お人好しな軍警察の大尉、強面の囚人、コンシェルジュ秘密結社などが入り乱れるオフビートな展開で、どのパートもそれだけで1本の物語ができそうな設定だ。しかも近代はワイドスクリーンで30年代は16mm比率、そして暗黒の時代の到来を予感させる時期の描写はモノクロ絵像と時代に応じてフィルム比率やカラートーンを変化させる凝りっぷり! なのに無駄な贅肉をそいだ各パートをスムーズにつなぐことで軽妙かつリズミカルな語り口が出来上がる。ワハハじゃなくクスクスといった笑いが実に心地よい。

『グランド・ブダペスト・ホテル』
グスタヴ役のレイフ・ファインズ(右端)はいかにも英国紳士的な物腰!-『グランド・ブダペスト・ホテル』-(C) 2013 Twentieth Century Fox. All Rights

 この笑いを牽引するのが、グスタヴ役のレイフ・ファインズだ。いかにも英国紳士的な物腰で俗物っぽさを隠したキャラクターはカリカチュアライズされているが、ファインズは軽々と楽しそうに演じている。実際は「は?」てなことを詩的に語ってしまうあたりの無責任男っぷりもファインズが演じると、なぜかチャーミングに見えるから始末が悪い。いや、魅力的というべきか。ロイヤル・シェイクスピアカンパニー仕込みのシリアス俳優が披露する意外なコメディ・センスは感動的でもあり、本当に懐が深い俳優だと感服する。意外性という点では、演技の幅を広げている途中のシアーシャ・ローナンの生真面目な顔つきもコミカルな物語にマッチするから面白いものだ。今回はウィレム・デフォーマチュー・アマルリックレア・セドゥら新顔も多いが、アンダーソン組の常連ビル・マーレイボブ・バラバンオーウェン・ウィルソンもチラリと登場し、妙な安心感をもたらしてくれる。

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 アカデミー作品賞にノミネートされるといえば、キャラクターのエモーションに重きを置いた作品が多い。本年度も実話ドラマ4本に少年の成長を追うカミングオブエイジものが2本、カムバックを狙う負け犬の心模様を追うシニカルなコメディが1本に本作だ。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ムーンライズ・キングダム』の脚本で賞レースに参戦したことがあるアンダーソン監督にとって、作品全体を評価されるのは本作が初めて。作品としてはアカデミーの好みではなさそうだし、候補発表と同時にワイルドカード的扱いをされているのも無理は無い。立ち位置としてはかなり微妙だし、オッズは低そう。しかし、逆に言えば保守的と言われてきたアカデミーにも新風が吹き込んだ証拠なのかもしれない。

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