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長回し撮影で新たに映画界を驚かせた!ギリシア悲劇と社会問題の融合『アテナ』

厳選オンライン映画

賛否含めて論じる注目の7作品 連載第2回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。各ライターが賛否含めて論じる注目の7選として、毎日1作品のレビューをお送りする。

※ご注意 なおこのコンテンツは『アテナ』について、ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

アテナ
Netflix映画『アテナ』は独占配信中

『アテナ』Netflix
上映時間:97分
監督:ロマン・ガヴラス
出演:ダリ・ベンサーラサミ・スリマンほか

 映画史における挑戦として試みられてきた、「長回し撮影」。古くはアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス映画『ロープ』(1948)から、アルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』(2006)、ビー・ガン監督の『凱里ブルース』(2015)、サム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』(2019)などなど、進化を重ねながら近年も世界中で継続して提示されている手法だ。そんな「長回し撮影」で、新たに映画界を驚かせたのが、フランス映画『アテナ』である。

 ここでは、本作『アテナ』が、その圧倒的な力で観客を魅了するとともに、ある意味で“危険な映画”でもある理由について考えていきたい。

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アテナ
Netflix映画『アテナ』は独占配信中

 ぶっ飛んだ長回しを味わえる冒頭の10分は、特に圧巻だ。それは、警官が少年に暴行を振るって死に至らしめたと見られる事件の会見が、警察署内で行われるところからスタートする。そこに突如として火炎瓶が投げ込まれ、暴徒が集団で乗り込んできて雰囲気は一変。混沌(こんとん)とした状況のなかで襲撃者たちは警察の武器を奪い、彼らの根城である「アテナ団地」まで雄たけびを上げながら車やバイクで疾走し、凱旋する。その過程が、躍動する大迫力のスペクタクルとして映し出されるのだ。

 この冒頭映像は、実際に大勢の人々を入り乱れさせ、スタッフたちがデジタルシネマカメラや録音機材を持って走り回り、それらを受け渡し、車に載せ替え、ドローンで飛ばすなど、緻密な段取りを経て実現している。さらに複雑な表現を実現するため、複数のカメラの映像を編集で自然につなぎ合わせているので、厳密な意味でのワンカット撮影ではないが、それがなかなか気づけないように完成されているのは、現場でスタッフたちがリアルタイムに連携し、時間の連続性を保っているからである。最新の技術と根性……その2つがこの一連の映像を作り出している。

アテナ
Netflix映画『アテナ』は独占配信中

 大勢の人々による演技や撮影陣の動きのどこかで大きなミスがあれば、リテイクの労力や費用は莫大なものとなる。本作のメイキング映像では、撮影の途中でカメラスタッフが腕を強打し、激しい痛みに顔をゆがめつつも必死に耐えながらカメラを支える姿も確認できる。しかし、なぜここまでして長回しにこだわるのか。

 現在の映画作品は、数百から数千の映像を編集でつなげるのが通常だ。本作では複数の長回しを含め、それが百数十に抑えられている。カットを減らすことで、撮影の難易度やリスクはそれだけ上がってしまうが、あえて困難な表現方法を選ぶことによって、本作は他の映画作品と差別化できているといえる。

アテナ
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 ロシアの巨匠セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督は、戦艦ポチョムキン』(1925)の有名な「オデッサの階段」シーンにて、逆に凄まじい数のカットをハイスピードでつなげることでスペクタクルを表現した、複数の映像を結合する「モンタージュ技法」を完成の域に進ませた。現在の多くの映画は、この技術を受け継いでいる。とはいえ、途中でカットが挟まってしまうことで、その都度観客は“映画”を観ていることを意識し、没入状態から覚めてしまうこともある。本作でカットによる時間や視点の分断を減らすことは、観客に圧倒的な臨場感を与える意図があるのだ。本作の映像が観客を驚嘆させるのは、それでいて大規模なスケールと複雑な動きが実現できているという部分なのである。

 本作の監督ロマン・ガヴラスは、フランスの革新的な映画運動「ヌーべルバーグ」以降に社会問題を題材にしてきた映画監督コスタ=ガヴラスの息子でもある。しかし彼は映画よりもミュージックビデオやCM映像を中心に活躍してきた人物。ロマン・ガヴラスが手掛けたジェイ・Zカニエ・ウェストの曲「ノー・チャーチ・イン・ザ・ワイルド」の映像は、本作の基といえるような、体制への激しい抵抗・抗議運動にギリシア神話のイメージを加えたものだった。それを考えると、本作の常識を逸脱した前衛的なアプローチは、映画史の流れと、映画由来ではない発想の合流から生み出されたものだと考えられる。

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 また、移民の子どもたちや低所得者の多い地域で起こる騒動を描いた『レ・ミゼラブル』(2019)の監督・脚本を手掛けたラジ・リが本作の脚本に参加。同じ社会問題を共有し、分断されて生きる人々の視点から現在の社会を描こうとするのが、本作のねらいである。本作に登場する、末弟を失った兄弟を中心とした人々の怒りには、社会の格差や差別への積年の不満が含まれているのは、言うまでもない。

 それでもロマン・ガヴラス監督は、本作の設定として「実在の地域でもなければ、実話を基にしているわけでもなく、さまざまな話がベースになっている。国全体に火をつけるような輝きとなり得るものを想像した」とリアリズムを表現したものではないと、The Hollywood Reporter のインタビューで述べている。だが、移民や低所得者の貧困問題など、社会格差を背景にした政府への抗議運動「黄色いベスト運動」の発生や、デモ隊の少年が警察から暴行を受けた事件、イスラム過激派が警察署を襲撃した事件など、本作を想起させる出来事が、近年実際にフランスで起こったのは事実だ。

アテナ
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 そんな本作には、社会問題の背景を深掘りせず、団地に住む低所得者層を、暴動を起こすかもしれない犯罪者予備軍だとする偏見を増長しているという批判もある。たしかに、本作に登場するアテナ団地が、武器を奪って警察に立ち向かう大勢の人々の要塞と化す展開は、ビジュアル的にもテーマ的にも象徴的で“神話的な”美しさがあるが、冷静に考えてみると、この方法ではすぐにでも一網打尽にされるのは必至である。

 このようにリアリティーよりも悲劇にひた走る破滅的な展開を優先させたことについては、実際の社会問題を考えるのでなく、表層的なイメージをすくい取ってエンターテインメントや美学的な表現にそれを“利用している”と指摘されてもおかしくはない。映像表現に重きを置いて、ギリシア悲劇のようなダイナミックな展開を用意したことで、本作の内容は単純化された寓話となってしまっているのである。社会問題が映画の題材となることは珍しくないが、それをどのように扱うかというのも、現在はより厳しく判断されるようになってきている。

 しかし、鑑賞中にはこの問題を忘れさせ、映画の世界が現実の出来事や自分の体験だと思わせるほど、本作『アテナ』に映像の力があることは確かだ。そして、だからこそ映画には“危険”な面があるといえるのだ。裏を返せば、本作の映像世界は、そんな不安や不満を感じさせるほどの境地に達しているのである。(文・小野寺系、編集協力・今祥枝)

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