人生で最悪のときに、そっと寄り添う女の子たちの連帯『Rocks／ロックス』

女性監督特集　連載第6回（全7回）

　日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は女性監督特集として日本初上陸となる新作を全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

『Rocks／ロックス』APARTMENT by Bunkamura LE CINEMA

上映時間：93分

監督：サラ・ガヴロン

出演：ブッキー・バックレイ、コーサル・アリ、ディアンジェロ・オセイ・キシェドゥほか

　海外で高い評価を得ていても、題材や作風、キャストに知名度がないなどさまざまな理由によって日本で劇場公開されない作品は少なくない。そんな埋もれた秀作に光を当てることができるのが、オンラインの映画配信サービスだ。渋谷のミニシアター、Bunkamuraル・シネマの未公開映画を配信するオンライン映画館「APARTMENT」で配信中のイギリス映画『Rocks／ロックス』は、まさに今の時代に観ておきたい1本である。

　ナイジェリア系イギリス人の15歳の少女、通称ロックスは、幼い弟エマニュエルと母親とイースト・ロンドンの公営住宅で暮らしている。メイクアップ・アーティストになるのが夢で、友達も多く学校では人気者。だがある日突然、母親が育児放棄（ネグレクト）で姿を消す。福祉局に見つかり、弟と離れ離れにされてしまうことを恐れたロックスは、一人で弟の世話をしながら学業を両立させようと奮闘するが……。

　周囲の大人たちや福祉局を頼ることを拒むロックスの状況は、どんどん悪化して行く。だがロックスは弟の面倒を一人でみてこれまでと変わらない生活を送りたい、自分にはそうする責任があると信じて孤軍奮闘する。果ては心配してくれる親友たちにも背を向けてしまうという行為は、無謀ではあるが誰にでもわかる気がするのではないだろうか。家庭環境からして自立心を強く持たねばならなかったロックスが、「わたしは全然大丈夫」といった態度で自尊心を守ろうとする姿はいじらしくもある。多感な時期であるからこそ、友達が良かれと思ってやったことでも本人にとっては侮辱のように感じられることもあるだろう。

　しかし子供だけで社会を生き抜くことはできない。そんな彼女にそっと寄り添ってくれる存在が、ロックス自らが拒絶した親友たちだ。人種や宗教、バックグラウンドの異なる友人たちは当然ながら経済力もなく、ロックスを実質的に救うすべを持たないし方法もわからない。それでも彼女たちは、ロックスが人生で最悪の状況に追い込まれているとき、ただ黙って静かに寄り添うことで「いつだってあなたと一緒にいる」という強い連帯の意志を伝える。それは本来、親が与えてくれるはずの無償の愛でもあるだろう。もちろん大人や社会の助けが緊急かつ必須だが、友達と笑みを交わすことこそが一人の少女の命をつないでいる。この物語は悲劇ではあるが、どこか楽観的でゆったりとした空気が流れる映像世界からは、そんなメッセージが静かに力強く伝わってくる。

　本作が「最もパワフルなシスターフッド」映画だと評されている理由は、説明するまでもないだろう。だが題材だけでなく、スタッフの75％は女性で構成されているといった舞台裏やプロの俳優ではない人々をキャスティングし、ワークショップから生まれた制作過程にもまたその精神が貫かれている点が特筆に値する。

　監督は『未来を花束にして』（2015）のサラ・ガヴロン。撮影は『17歳の瞳に映る世界』（2020）、『幸福なラザロ』（2018）のエレーヌ・ルヴァール、キャスティング担当には『アメリカン・ハニー』（2016）のルーシー・パーディー。そしてテリーサ・イココとクレア・ウィルソンの2人の新星が脚本を手がけた。才能ある女性クリエイターたちが無名の10代の少女たちとワークショップを重ねて、彼女たちのリアルをダイレクトに作品に映しているからこそ、自然体のでドキュメンタリータッチでつづられる物語には説得力がある。同時にレイ・ブラックやジョルジャ・スミス、リトル・シムズらの楽曲に彩られた心地よい映像は、はっとするほど美しく詩的な瞬間の数々が記憶に残る。

　本作は2019年のトロント国際映画祭で評判を呼び、2020年にイギリスで公開され、公募部門のライジング・スター賞を含めて英国アカデミー賞（BAFTA）では最多8部門にノミネート。19歳で最年少の候補になった主演のブッキー・バックレイは、ライジング・スター賞を受賞した。（文・今祥枝）

映画『Rocks／ロックス』はオンライン映画館「APARTMENT by Bunkamura LE CINEMA」にて配信中