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『存在のない子供たち』レバノンでは反応真っ二つ 監督が訴える中東の悲劇

『存在のない子供たち』より
『存在のない子供たち』より - (C) 2018MoozFilms / (C) Fares Sokhon

 わずか12歳で両親を告訴したレバノン人少年の壮絶な生きざまを描き、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた『存在のない子供たち』が本日(7月20日)より公開される。520時間もの間カメラを回し、本作を完成させたレバノン出身のナディーン・ラバキー監督が来日し、戸籍を持たない子供たち、貧困、移民など中東の深刻な問題を訴えた。

【動画】『存在のない子供たち』予告編

 本作は、中東の貧民窟で暮らす少年ゼイン(ゼイン・アル=ラフィーア)が、「自分を生んだ罪」で両親を訴える裁判シーンから幕を開け、彼の身に何が起きたのかをさかのぼっていく。ゼインは、両親が出生届を出さなかったために自分の年齢を知らず、学校に通うこともできず、路上で物を売ったり幼い妹や弟の面倒を見たり、朝から晩まで働き詰めだ。そんな彼にとって唯一の安らぎだった妹サハル(シドラ・イザーム)が、親子ほど年の離れた男性と結婚させられてしまったことから、さらなる悲劇が始まる。

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存在のない子供たち
弁護士役で出演もしているナディーン・ラバキー監督

 ゼインにとって両親は憎むべき存在だが、裁判では両親が「そうせざるを得ない」事情を訴え、ゼインを追い詰めたのは誰なのか、複雑な問題が浮き彫りになっていく。「わたし自身も、リサーチ初期の段階では親を責めてしまっていました。幼い子供たちがほったらかしにされておなかをすかせ、バルコニーから落ちてしまったり、火事を起こして亡くなってしまう。そんな話を聞いていると、思うわけです。「一体どんな両親なんだろう?」と。なぜ、そのような状況になるのかを知るために、わたしは彼らの帰りを待ってお話をさせてもらいました。そして気付いたのです。自分に彼らを裁く権利なんてないということ、彼らもまた子供たちと同じような境遇で育ち、負のサイクルを繰り返しているということを」

 ゼインの妹サハルが、初潮を迎えたのと同時に、経済力のある大家のもとへ嫁がされるエピソードも痛ましい。「難民危機があるからこそ、そういったことはより増えています。幼い女の子たちがレバノン以外でも世界中で、結婚という名目のもと売り買いされている。もっと問題意識をもって皆が話し合わなければならないと思いますが、まだまだ語る人が足りない状況です」

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存在のない子供たち
幼い息子に訴えられた両親の人生もまた過酷

 本作の大きな特徴として、弁護士役で出演したラバキーを除くほとんどのキャストが素人で、なおかつ演じるキャラクターと同様の過酷な環境にあることが挙げられる。主人公のゼインはシリア人の難民だ。「ゼインくんは、4歳の時にシリアからレバノンに移住し、貧困地域で暮らしていました。両親に愛されていますが栄養不足で、会ったときは12歳だったんですけど体は7歳児ぐらいで。教育を受け入れられず、デリバリーなどの仕事もしながら家計を支えていました。ストリートで育った彼は強く、聡明で、早く大人にならなければならなかった。そんな彼のパーソナリティをより強調するようなかたちで、このキャラクターを作っていきました。ですからキャラクターの名前も実名(ゼイン)にしましたし、彼らの現実にわたしたちが作ったフィクションを寄せていくというやり方をしたんです。また子供たちを相手に撮っているからこそ、6か月という長い撮影期間も必要で。例えば、1歳児の男の子が笑ってくれるまで1時間待ったこともありました」

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存在のない子供たち
家出したゼインが出会う、エチオピア移民女性とその息子・ヨナス(1歳児)とのエピソードも切ない

 本作は第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞をはじめ、各国の映画祭で受賞。アカデミー賞にノミネートされたことで世界中から注目されることとなったが、母国レバノンでの反応は真っ二つに分かれたという。「自分の国でそんなことが起きていることを認めたくない。自分の家からたった3分のところで起きていることを受け入れられず、見ようとしない人たち。かたや、いい意味でこの映画にショックを受けて、何かをしなければならない、変えなければならないと強い思いを持つ人たち。両極端です。わたしはレバノンである程度女優、監督として名が知られているので政府を含めてサポートをしてくれる方は多いですが、この作品では国の欠陥を見せてしまっているので、今までの作品と比べると、自分と、そして映画と政府との関係というのは簡単に割り切れないところがあります」

 中東の暗部をあぶり出した本作はやるせない余韻を残すが、映画がキャストにもたらした影響は絶大だったようで、主人公を演じたゼインくんは、今は家族と共にノルウェーで暮らし、通学して読み書きを覚え、成績優秀だという。(取材・文:編集部・石井百合子)

映画『存在のない子供たち』は、シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかで公開中

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